SHISEILABOマーケティング全体像 Step1 ブランドの現在地と市場の把握

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はじめに

ブランドの成長戦略を立案する最初の一歩は、「今、私たちはどこにいるのか」を正確に把握することです。感覚や仮説に基づいた戦略では、市場の機会を逃し、競合他社に埋没してしまいます。

SHISEILABOマーケティング全体像のStep1では、ブランドの現在地と市場の把握をテーマに、マーケティングの根幹をなす3つの重要な分析を進めます。それが「消費者の意思決定要素の把握」「競合他社のポジション把握」「自社のPOD(Point of Difference)の特定」です。

本ブログでは、これら3つの特定をゴールとして、その実践的なアプローチを詳しく解説します。

「なぜ顧客は購買を決断するのか」

消費者の意思決定要素の把握

消費者行動の5段階プロセスを理解する

消費者がブランドを選択する際には、一定のプロセスを経ています。このプロセスを理解することが、マーケティング施策の効果を最大化する第一歩です。

問題認識段階では、消費者は自身の課題やニーズに気づきます。例えば「肌の乾燥が気になってきた」という潜在的な問題が顕在化するフェーズです。このフェーズでは、消費者がまだ解決策を探している段階であり、企業からのアプローチはニーズの喚起や問題の明確化に集中する必要があります。

情報探索段階に進むと、消費者は問題の解決策を積極的に探り始めます。SNS、ブログ、口コミ、公式サイト、レビューサイトなど、複数のチャネルから情報を収集します。この段階での企業の役割は、消費者が簡単に自社ブランドの情報にアクセスできる環境を整備すること、そして信頼される情報を発信することです。

代替案評価段階では、収集した情報をもとに複数の選択肢を比較検討します。消費者は「価格」「品質」「ブランドイメージ」「使いやすさ」など、複数の評価軸を駆使して最適な選択肢を模索します。ここでの差別化が、購買決定を大きく左右します。

購買決定段階では、評価の結果として最適だと判断したブランドを選択します。ただし、この段階でも状況によっては購入を見送ったり、別の選択肢に変更したりすることがあります。

購買後評価段階は、購入後の満足度を評価するフェーズです。ここでの体験が、リピート購入やロイヤリティ形成に直結します。

消費者の意思決定に影響を与える要素

消費者の購買行動には、複数の要因が影響を与えます。

心理的要因として、動機、知覚、学習、態度、パーソナリティなどが挙げられます。消費者がブランドに対してどのようなイメージを抱いているか、またそのイメージがどのように形成されたかを理解することは、ブランドコミュニケーション設計の根拠となります。

社会的・文化的要因は、消費者が属する集団やその社会的地位、文化的背景などです。家族の価値観、友人集団の影響、そして大きな意味での文化的トレンドは、購買行動に深刻な影響を与えます。特に、SNS時代では「周囲の人がどのブランドを選択しているか」が強力な購買動機となります。

経済的要因は、購買力を決定する主要な要素です。所得や可処分所得だけでなく、価格感度(価格の変動に対する反応の敏感性)も重要です。同じ商品でも、消費者セグメントによって価格感度は大きく異なります。

「消費者インサイト」を発掘する

単なるニーズやウォンツの理解では不十分です。企業に求められるのは、購買行動の奥にある深層心理や感情を捉える「消費者インサイト」の発掘です。

例えば、高級スキンケア商品を購入しながら日用品は節約志向という一見矛盾した行動があったとします。ここから発掘できるインサイトは「費用対効果の高いアイテムで安心したい」という未充足欲求かもしれません。

消費者インサイトの発見方法は?

POINT

デプスインタビュー

「なぜそう思ったのか」を繰り返し掘り下げることで、表面的ではない本質的な動機を引き出す

POINT

エスノグラフィー

エスノグラフィーは観察調査 日常生活や購買行動を観察し、無意識の行動パターンを発見する

POINT

ソーシャルリスニング

SNS上の消費者の口コミを収集・分析し、本音のニーズや不満を把握する

POINT

購買データ分析

時間帯や季節ごとの売上変動から、潜在ニーズを推測する

「市場内での相対的な立ち位置を理解する」

競合他社のポジション把握

ポジショニングマップで市場構造を可視化

市場における競合他社の立ち位置を正確に把握することは、自社の差別化戦略の構築に不可欠です。その最も有効なツールがポジショニングマップです。

ポジショニングマップは、市場での自社・競合他社の商品やサービスのポジションを、2つの異なる要素を縦軸・横軸とした2次元上の座標に配置したものです。例えば、美容関連ブランドの場合、横軸に「価格帯(低価格 ← → 高価格)」、縦軸に「ターゲット層(若年層 ← → 中高年層)」を設定することで、市場全体の構造が一目で把握できます。

ポジショニングマップの作成手順

第1ステップ

KBFの洗い出し

KBF(Key Buying Factor)とは、顧客が購買を決定する際に重視する要因です。例えば、スマートフォン市場であれば「カメラ性能」「バッテリー持続時間」「デザイン」「価格」などが挙げられます。業界や商品カテゴリごとに、顧客にとって最も重要な購買要因を5~10個程度リストアップしましょう

第2ステップ

競合他社の抽出と評価

自社と同じカテゴリで活動している主要な競合他社をピックアップし、各KBFに対する評価を行います。例えば、「A社のカメラ性能は業界トップレベル」「B社はコストパフォーマンスで優位」といった相対的な評価を数値化することで、比較表を作成します。

第3ステップ

軸の選定

洗い出したKBFの中から、最も市場の差別化を表現できる2つの軸を選定します。選定の際は、競合分析の目的に合わせて、顧客の購買に強く影響すると思われる項目を選ぶことが重要です。

第4ステップ

マッピング

準備した表を参考にしながら、各ブランドをポジショニングマップ上にプロットします。その結果、「空白地帯」(競合がいないポジション)を見つけ出すことが、市場での新たな機会を発見するキーとなります。

競合分析のフレームワーク

SWOT分析の活用

ポジショニングマップで市場構造を把握した後は、自社と主要競合の強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)を整理するSWOT分析が有効です。

強み(自社内部)

強み(自社内部)には、ブランド認知度、顧客ロイヤリティ、技術力、流通網の広さなどが含まれます。自社が他社に比べて優位に立つポイントを明確にすることで、強みを活かした戦略の方向性が見えてきます。

弱み(自社内部)

弱み(自社内部)は、市場での認知不足、ブランドメッセージの不明確さ、限定的な流通チャネルなど、改善が必要な領域です。弱みを冷静に認識することで、優先順位付けされた改善施策を立案できます。

機会(外部環境)

機会(外部環境)として、消費者トレンドの変化、新興市場の出現、IT技術の進歩などが挙げられます。市場の「今」を正確に読むことで、成長の可能性を最大化できます。

脅威(外部環境)

脅威(外部環境)は、新規参入ブランド、価格競争の激化、経済不安、法規制の強化などです。脅威を認識することで、リスク管理の観点から先制的な施策を打つことが可能になります。

「選ばれる理由を明確化する」

自社のPOD(Point of Difference)の特定

PODとは何か – 差別化の根拠

POD(Point of Difference)は、「差別化ポイント」と訳され、「他社製品との違いの中で、商品を買う理由になるもの」です。競争が激化する市場では、単に「良い商品」を提供するだけでは不十分です。消費者に「このブランドだからこそ選ぶ理由」を提供することが、ブランド価値の本質です。マーケティング界の権威であるケラー教授は、PODを以下のように定義しています。

「差別化ポイント(ポイント・オブ・ディファレンス)とは、消費者がブランドを強く連想し、ポジティブに評価し、同じレベルのものは競合ブランドには見つかるまいと考えるような、ブランドの属性あるいはベネフィットのことである」

PODを構成する3つの要素

PODだけで十分な差別化戦略とは言えません。同時に理解する必要がある概念が「POP」と「POF」です。POD、POP、POFのこの3つの関係を理解することで、より戦略的な差別化が可能になります。

POP(Point of Parity:同質化ポイント)は、競合他社と同じレベルで提供している機能や特性です。例えば、スマートフォンの基本的な通話機能やメール機能は、全メーカーで当たり前に備えられています。POPは「最低限の必要条件」と言え、ここで劣っていては選ぶ理由がなくなります。重要なのは、競合のPODで優位に立とうとしている領域で「引き分け」に持ち込むことで、競合のPODを無効化できるという戦略的観点です。

POF(Point of Failure:脱落ポイント)は、他社製品のPOD、つまり「他社製品が選ばれる理由」を意味します。自社が提供できない機能や利点は、消費者がそれを必要とする場合、他社製品を選ぶ理由となります。

POD特定の実践的プロセス

ステップ1

自社のユニークな特性を洗い出す

自社ブランドが他社と異なる特徴を、できるだけ多く列挙します。例えば、小売業であれば「立地」「営業時間」「スタッフの専門知識」「独自の商品開発力」などが考えられます。製造業であれば「製造プロセスの独自性」「品質管理の厳密さ」「サステナビリティへの取り組み」などです。

ステップ2

消費者ニーズとの合致を検証

洗い出した特性が、実際に消費者のニーズと合致しているかを検証することが不可欠です。企業が重要だと考える特性が、消費者にとって購買決定に重要でなければ、PODとはなりません。消費者調査やインタビューを通じて、顧客視点での価値を確認します。

ステップ3

競合他社との比較分析

自社の特性が、競合他社にはない、あるいは同等のレベルでは提供できないものであるかを確認します。ここで「引き分け」の状態では、差別化にはなりません。「他社には見つかるまい」という強い優位性が求められます。

ステップ4

持続可能性の検証

PODとして機能し続けるには、競合他社が簡単に模倣できない要素である必要があります。技術的なバリア、ブランド資産、顧客関係などの「参入障壁」を備えていることが重要です。

PODの具体例から学ぶ

実際のビジネスシーンでPODがどのように機能しているか、いくつかの事例を見てみましょう。

美容業界

事例1

あるラグジュアリー系美容室チェーンが掲げたPODは「完全予約制で待ち時間ゼロ」というシンプルながら強力な差別化ポイントです。競争が激しい美容市場で、顧客の時間価値に着目し、ストレスフリーな体験を提供することで、他店との差別化に成功しました。同時に、「スタイリストとの細やかなコミュニケーション」をPODとすることで、顧客満足度の向上とリピート率の増加を実現しています。

飲食業界

事例2

プレミアム系カフェチェーンのPODは「シングルオリジンコーヒーと完全焙煎士による品質管理」です。大手チェーン店との価格競争ではなく、品質と専門知識という軸で差別化を図り、コーヒー愛好家の支持を獲得しています。

まとめ

Step1で確認すべき3つのポイント

ブランドの現在地と市場の把握は、その後のマーケティング戦略全体の精度を決定づける、最も重要なフェーズです。これら3つの分析を通じて、初めてデータに基づいた、効果的なマーケティング戦略の構築が可能になります。

消費者の意思決定要素の把握

消費者がなぜそのブランドを選ぶのか、その購買プロセスと意思決定に影響を与える心理的・社会的・経済的要因を理解する。特に表面的なニーズの背後にある「消費者インサイト」の発掘が差別化の源泉となる。

競合他社のポジション把握

ポジショニングマップやSWOT分析を活用して、市場における自社の相対的な立ち位置を正確に把握する。空白地帯の発見や、競合との相互関係を理解することで、戦略的な差別化が可能になる。

自社のPOD(Point of Difference)の特定

「なぜこのブランドを選ぶべきなのか」という、消費者が心から納得できる理由を明確にする。ユニークな特性、消費者ニーズとの合致、競合との優位性、持続可能性の4つの観点から、本当の差別化ポイントを特定する。

データドリブンな思考で、顧客に本当に価値のあるブランド体験を設計していく。それが、シセイラボが実践するマーケティングの本質です。

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