空港のベンチから始まる、自分自身を探す旅
JFK空港の喧騒の中、ショパンの『夜想曲第2番 変ホ長調』が静かに響き渡ります。カメラがゆっくりとズームするのは、ベンチに一人座るベンジ・カプランです。その表情には、どこか虚ろで憂鬱な、それでいて超越したような空虚さが漂っています。一方で、従兄弟のデヴィッドは対照的です。スマートフォンの画面を強迫的に確認し、遅れているベンジを心配して矢継ぎ早にメッセージを送りながら、空港内を慌ただしく駆け抜けます。
ジェシー・アイゼンバーグが脚本を手掛けた『A REAL PAIN』は、正反対の「姿勢」を持つ二人の従兄弟が、亡き祖母の故郷であるポーランドを巡る物語です。
几帳面で社会的な成功を手に入れているが内面は凝り固まったデヴィッドと、圧倒的なカリスマ性を持ちながらも精神の均衡を失っているベンジ。この対比は、飛行機の座席配置にも象徴的に現れます。窮屈な中央席で身を縮めるデヴィッドと、窓際で悠然と手足を広げるベンジ。私たちは、自分とは正反対の人間に対して抱く「違和感」と「憧れ」の狭間で、どのように自らの心の姿勢を整えるべきなのでしょうか。この映画が提示する、現代人のための心理学的洞察を紐解きます。
「奇跡の産物」という重圧――正しさという名の硬直
デヴィッドは、ニューヨークでデジタル広告の営業職に就き、家族に恵まれた「正しい」生活を送っています。彼は自らの「姿勢」を崩さないよう、OCD(強迫性障害)の薬を飲み、ジョギングを欠かさず、必死に「まともな人間」であり続けようと努めます。しかし、その硬直した正しさの裏には、生存者の孫としての計り知れない重圧があります。ルブリンのレストランでの夕食時、デヴィッドは溜め込んできた感情を露わにします。ホロコーストを生き延びた祖母を持ち、「数千の奇跡の結果」として存在する自分たちは、幸福でなければならないという強迫観念です。
「どうして数千の奇跡の結果として生まれた人間が、睡眠薬を1瓶飲み干して死のうとするんだ?」
デヴィッドは、数ヶ月前にベンジが自殺を図った事実を突きつけます。恵まれているはずなのに、なぜ壊れてしまうのか。デヴィッドが抱える「理由のある痛み(恵まれていることの罪悪感)」と、ベンジが抱える「理由のない痛み(純粋な虚無)」。私たちは「正しく、普通でなければならない」という重圧から、自らの内なる痛みを無視し、心の姿勢を硬直させていないでしょうか。
カリスマ性と自己破壊の表裏一体――「輝き」という名の暴力
ベンジは、周囲を惹きつける圧倒的なエネルギーを持っています。ワルシャワのゲットー蜂起記念碑の前で、彼はその場の空気を一変させます。ツアー客全員を巻き込み、巨大なブロンズ像と同じポーズを取らせて写真を撮るその姿は、周囲を魅了すると同時に、一種の「パフォーマンス」を強要する暴力性も孕んでいます。
ベンジの魅力と「厄介な痛み(A Real Pain)」は、表裏一体です。彼は墓地で、歴史的なデータや統計(stats)を語るガイドのジェームズに対し、感情的に食ってかかります。
「これは単なる豆知識じゃない。ここにいたのは実在した人間なんだ。」
ベンジにとって、悲劇を客観的なデータとして「整理」することは、死者に対する不誠実であり、耐え難い苦痛なのです。彼は他人の靴を見つめ、その人生を想像するほどの繊細さを持ちながら、その繊細さゆえに社会の規律を破壊し、自分自身をも蝕んでいきます。憧れの対象である「輝く人」が抱える深い影を理解することは、対人関係における過度な期待と絶望のバランスを整える助けとなります。
「記憶」をどう置くか――石をポケットに入れる意味
マイダネク強制収容所を訪れるシーンで、物語のトーンは静寂へと沈みます。ツィクロンBによる青いシミが残る壁、山積みにされた犠牲者の靴。饒舌だったベンジも、ここでは言葉を失い、デヴィッドの肩にそっと手を置きます。二人のバラバラだった姿勢が、圧倒的な「本物の痛み(Real Pain)」を前にして初めて重なる瞬間です。
その後、二人は祖母の旧宅を訪れます。デヴィッドはユダヤ教の伝統にならい、玄関先に「忘れない」という誓いの石を置こうと提案します。しかし、現在そこに住む住民からは「通行の邪魔だ」と拒絶されてしまいます。
行き場のない記憶
石を置く場所がないのなら、自分自身の中に持ち帰るしかない。過去の痛みやルーツを、社会的な場所に「配置」するのではなく、自らの内側にある「歴史」として引き受ける。この「石をポケットに入れる」という行為こそが、過去と現在を折り合わせるための精神的なアライメント(調整)なのです。
旅の終わりに――「純粋な自分」を受け入れる
旅の終わり、舞台は再びJFK空港へと戻ります。デヴィッドは「日常」へと帰り、ベンジは再び空港のベンチに座り続けます。何も変わっていないようでいて、二人の関係性と姿勢には微かな、しかし決定的な変化が生じています。
別れ際、ベンジはデヴィッドにこう告げます。 「君は“ステイ・ゴールド(純粋なままの価値がある人間)”だ、ポニーボーイ(Stay gold, Ponyboy.)」 それは、世俗的な成功や正しさにとらわれ、自分を見失いかけていたデヴィッドへの、最大級の肯定の言葉でした。
ブルックリンの自宅に戻ったデヴィッドは、玄関の階段に、ポーランドから持ち帰った「石」をそっと置きます。
それは、かつて拒絶された儀式の完遂であり、不完全な自分、厄介な従兄弟、そして背負うべき歴史のすべてを、自分の人生の一部として受け入れた証です。
あなたは自分の欠落や抱えきれない痛みを、どのように自分の歴史の一部として受け入れていますか?
完璧な姿勢など存在しません。大切なのは、未完成な自分を否定せず、自分の歩んできた道にそっと石を置くような、静かな受容の姿勢を持つことなのです。映画『A REAL PAIN』は、そんな不器用な私たちの「心」と「姿勢」を、静かに整えてくれる一筋の光となるでしょう。
物語の『質』が問われる時代に
AIにはない『体温』ある戦略を
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